同じ形状のパンチなのに、片方だけ摩耗が早い——その原因が材質選定のずれにあるケースは少なくありません。金型のパンチ・ダイの材質は、硬さの数値だけで決まるものではなく、プレスする製品の素材・成形時にかかる負荷・生産台数の3点から判断します。
この記事では、順送プレス金型の部品に使われる代表的な材質であるDCMX・HAP40・SKH51・超硬合金の違いを比較表で整理し、実際の金型製作現場で使っている使い分けの基準を解説します。あわせて、材質選定が合っていなかった場合に量産で何が起きるのかも、実例を交えて紹介します。
パンチ・ダイの材質が金型寿命を左右する理由
順送プレス金型では、1本のパンチが数十万回から数百万回にわたって同じ動作を繰り返します。1ショットあたりの負荷はわずかでも、ショット数が積み上がることで刃先はゆっくりと摩耗していきます。この摩耗の進み方を決める要素のひとつが、パンチ・ダイに使う材質です。
材質が用途に対して力不足だと、摩耗が想定より早く進みます。刃先が丸くなるとせん断が鈍り、材料と金型が擦れる時間が長くなります。その結果として起きやすいのが焼き付き(材料が金型表面に凝着し、製品にかじり傷が出る現象)です。摩耗と焼き付きは連鎖するため、材質の選び違いは「刃先が減る」だけでは終わりません。
一方で、常に最も硬い材質を選べばよいわけでもありません。硬い材質ほど加工に時間がかかり、部品単価も上がります。さらに、硬い材質は同時に欠けやすい性質を持つため、衝撃のかかる工程では逆に寿命を縮めることがあります。パンチ・ダイの材質選定は、硬さ・靭性・加工性・コストのバランスをとる作業です。
材質の選定は、工程設計と切り離さずに同時に検討する項目です。金型全体の考え方については順送型の技術と工法開発のページで紹介しています。
金型部品に使われる代表的な4つの材質
パンチ・ダイに使われる材質は多岐にわたりますが、当社で使用頻度が高いのは次の4種類です。それぞれ得意な領域が異なります。
DCMX|使用頻度が最も高いマトリックス冷間ダイス鋼
DCMXは大同特殊鋼が2008年に発売したマトリックス冷間ダイス鋼です。マトリックス鋼とは、鋼の中に含まれる粗大な炭化物(硬さのもとになる化合物の粒)を極限まで減らした鋼を指します。炭化物が細かく均一になることで、方向による性質の差が小さくなり、熱処理時の寸法変化も抑えられます。
メーカー公表値では、冷間ダイス鋼の標準であるSKD11と比較して靭性が2倍以上、等方性が50%以上向上、被削性が3倍以上とされています。硬さは約500℃以上の高温焼戻しで最高62HRC(SKD11は60HRC)が得られます。
当社でパンチ・ダイの材質としてDCMXの使用が最も多いのは、この「壊れにくさと作りやすさの両立」によるものです。粗大炭化物が少ないため放電加工や研削の面も安定しやすく、金型部品として扱いやすい材質といえます。
HAP40|生産台数が多い金型で選ばれる粉末ハイス
HAP40はプロテリアル(旧・日立金属)の粉末高速度工具鋼、いわゆる粉末ハイスです。溶かした鋼を粉にしてから固める製法のため、炭化物が細かく均一に分散し、高い硬さと靭性を両立しています。メーカーの分類では「汎用粉末ハイス。耐摩耗性・靭性兼備」とされ、硬さは64〜67HRC、用途は多種生産用プレス型と位置づけられています。
当社では、生産台数が多く摩耗が問題になりやすい工程のパンチにHAP40を採用しています。一方で加工性は良くありません。刃物の摩耗が激しく、深穴加工ではドリルが折れやすいなど、条件出しに経験を要する材質です。HAP40そのものの特性と加工の勘所は、HAP40とは?特性・用途・加工の注意点で詳しく解説しています。

SKH51|バランスのとれた汎用ハイス
SKH51はJIS G 4403に規定される高速度工具鋼のうち、モリブデン系の代表鋼種です。焼入焼戻し後の硬さは63HRC以上と規定されており、切削工具から金型部品まで幅広く使われています。粉末ハイスと比べると耐摩耗性は一段落ちますが、入手性がよく、コストと性能のバランスに優れます。
当社では、HAP40ほどの耐摩耗性を必要としないものの、汎用のダイス鋼では不足するという中間の領域でSKH51を使い分けています。
超硬合金|最も硬く、同時に最も欠けやすい
超硬合金は、タングステンカーバイド(WC)の粉末をコバルト(Co)で焼き固めた材料です。鋼ではないため硬さはロックウェルAスケールで表され、HRA80〜94程度と、ダイヤモンドに次ぐ硬さを持ちます。コバルトの比率が高いほど硬さは下がり、粘りが増します。
耐摩耗性は4つの中で群を抜いていますが、その反面もろく、衝撃や無理な加工条件で欠けが生じます。加工も放電加工とダイヤモンド砥石による研削が中心になり、鋼とは工程そのものが変わります。超硬部品の加工方法は超硬金型部品の精密加工|欠けを防ぐ研削の要点で詳しく解説しています。
4材質の比較表
硬さと耐摩耗性は超硬が最上位ですが、欠けにくさと加工のしやすさは逆の順序になります。この表の並びがそのまま優劣を示すものではない点にご注意ください。
| 比較項目 | DCMX | HAP40 | SKH51 | 超硬合金 |
|---|---|---|---|---|
| 分類 | マトリックス冷間ダイス鋼 | 粉末高速度工具鋼 | 高速度工具鋼(Mo系) | WC-Co系焼結合金 |
| 硬さ | 最高62HRC | 64〜67HRC | 63HRC以上 | HRA80〜94程度 |
| 耐摩耗性 | ○ | ◎ | ○ | ◎(最も高い) |
| 靭性(欠けにくさ) | ◎(SKD11の2倍以上) | ○ | ○ | △ |
| 加工のしやすさ | ◎(SKD11比 被削性3倍以上) | △ | ○ | ×(放電・研削が中心) |
| 部品コスト | 低〜中 | 高 | 中 | 最も高い |
| 主な使いどころ | 標準的なパンチ・ダイ全般 | 生産台数が多い工程 | 汎用材では不足する工程 | 摩耗が最大の課題になる工程 |
硬さの単位について鋼はロックウェルCスケール(HRC)、超硬合金はロックウェルAスケール(HRA)で硬さを表します。スケールが異なるため、62HRCとHRA90を数字の大小で直接比較することはできません。
対応可能な金型部品の材質と加工内容は金型部品加工のページにまとめています。設備面は設備一覧をご覧ください。
材質を決める3つの判断軸
材質選定は、材料の性能表を上から見ていく作業ではありません。実際には次の3点を順に確認して絞り込みます。
判断軸1|プレスする製品の素材
最初に見るのは、金型そのものではなくプレスされる製品側の材料です。同じ形状のパンチでも、アルミを抜くのか、ステンレスを抜くのか、ハイテン材(高張力鋼板)を抜くのかで刃先にかかる負担はまったく異なります。
アルミや軟鋼は比較的負担が軽い一方、ステンレスは加工硬化が起きやすく、ハイテン材は材料自体の強度が高いため刃先の摩耗が早く進みます。当社ではこの製品素材を基準に、標準はDCMX、負担が大きくなる材料では上位の材質へ、という考え方で使い分けています。
対応可能な製品素材と板厚の範囲は対応材質・板厚のページに掲載しています。ハイテン材そのものの成形トラブルについてはハイテン材(590〜780材)の成形トラブルはなぜ起きる?で解説しています。
判断軸2|成形時にかかる負荷の程度
次に見るのが工程ごとの負荷です。同じ金型の中でも、単純な抜き工程と、深く絞る工程、細かい形状を成形する工程では、部品にかかる力の大きさも方向も違います。
耐久性を重視したい部品、力が集中する部品には上位の材質を割り当てます。逆に、負荷が軽く交換頻度も低い部品にまで高価な材質を使うと、金型全体のコストだけが上がります。金型1型のすべてを同じ材質で揃えるのではなく、部品単位で判断するのが基本です。
判断軸3|生産台数
3つ目が生産台数です。総ショット数が多いほど、1本あたりの摩耗寿命が金型の停止回数に直結します。当社でHAP40・SKH51・超硬といった上位の材質を選ぶのは、生産台数が多い案件が中心です。
部品単価は上がりますが、交換のたびに発生する段取り・停止時間・調整の手間まで含めると、総コストでは有利になる場合が多くなります。逆に生産台数が限られる案件では、DCMXで必要十分なことがほとんどです。
3つの判断軸のまとめ
3軸を整理すると、おおよそ次のように分かれます。実際にはこれらが組み合わさるため、最終的には工程ごとに個別判断となります。
| 条件 | 選定の方向性 | 考え方 |
|---|---|---|
| 製品素材がアルミ・軟鋼 | DCMX | 刃先への負担が比較的軽く、標準材で対応できる |
| 製品素材がステンレス・ハイテン材 | 上位材質を検討 | 加工硬化・高強度により摩耗が早く進む |
| 成形時の負荷が大きい工程 | 耐久重視の材質 | 力が集中する部品を部品単位で強化する |
| 生産台数が多い | HAP40・SKH51・超硬 | 交換頻度の低減が段取り時間の削減につながる |
| 生産台数が限られる | DCMX | 過剰な材質はコストだけが上がる |
材質選定を誤ると量産で何が起きるか
材質が用途に合っていないと、量産に入ってから次の順序で問題が表面化します。
- パンチ・ダイの摩耗が想定より早く進む
- 刃先が鈍り、せん断面が荒れる・バリが増える
- 材料と金型が擦れる時間が長くなり、焼き付きが起きやすくなる
- 製品にかじり傷が出る、寸法が安定しなくなる
- 交換・研磨のために生産が止まる回数が増える
厄介なのは、これらが金型の完成直後ではなく、量産がある程度進んでから顕在化する点です。試作段階では問題なく抜けていた金型が、数万ショット後に急に安定しなくなる、というかたちで現れます。
現場で実際にあったケースお客様側で使用中の金型部品について「摩耗の進み方が早い」というご相談をいただき、材質をHAP系に変更して対応した事例があります。形状や工程を変えずに材質だけを見直すことで改善につながるケースは、決して珍しくありません。
すでに稼働している金型でも、部品単位での材質変更は可能です。当社では破損部品の復元や仕様変更を含む金型部品加工・金型改造にも対応しています。金型を止めないための設計上の工夫は現場の負担を減らす金型設計でも触れています。
よくあるご質問
迷ったらとりあえず超硬にすれば安心ですか?
おすすめしません。超硬合金は耐摩耗性で群を抜く一方、もろく欠けやすい材料です。衝撃がかかる工程では、鋼のパンチより先に欠けてしまうことがあります。部品コストと加工時間も最も高くなるため、摩耗が最大の課題になっている工程に限定して使うのが現実的です。
DCMXとSKD11はどう違うのですか?
DCMXは冷間ダイス鋼の中でも、粗大な炭化物を減らしたマトリックス鋼に分類されます。メーカー公表値でSKD11と比べると靭性が2倍以上、等方性が50%以上向上、被削性が3倍以上とされ、熱処理時の寸法調整もしやすい鋼種です。SKD11は長く使われてきた標準材で、DCMXはその弱点を補う位置づけと考えるとわかりやすくなります。
金型の途中から材質を変えることはできますか?
できます。パンチ・ダイは部品単位で交換できるため、摩耗が早い部分だけ材質を上げるという対応が可能です。実際に、稼働中の金型で摩耗の早い部品だけをHAP系に変更した事例があります。ただし材質が変わると熱処理後の寸法や研削条件も変わるため、部品の作り直しと調整はセットで必要になります。
材質を上げるとコストはどのくらい上がりますか?
材料費だけでなく、加工時間の増加分も上乗せされます。特にHAP40や超硬は工具の摩耗が激しく、加工そのものに時間がかかります。ただし判断すべきは部品単価ではなく、交換頻度・段取り時間・生産停止まで含めた総コストです。生産台数が多い案件ほど、上位材質のほうが有利になります。具体的な条件でのご相談はお問い合わせからお受けしています。
図面に材質指定がない場合はどうなりますか?
製品素材・板厚・工程内容・生産台数をうかがったうえで、適した材質をご提案します。図面段階からの加工性検討にも対応していますので、仕様が固まる前の段階でもご相談いただけます。
まとめ
金型パンチ・ダイの材質は、硬さの数値だけで決めるものではありません。プレスする製品の素材・成形時にかかる負荷・生産台数の3点から、部品単位で判断します。
- 標準となるのはDCMX。靭性と加工性のバランスがよく、使用頻度が最も高い
- 生産台数が多く摩耗が課題になる工程では、HAP40・SKH51・超硬合金を使い分ける
- 超硬は最も硬いが最も欠けやすい。万能の選択肢ではない
- 材質選定を誤ると、摩耗から焼き付きへ連鎖し、量産が安定しなくなる
- 稼働中の金型でも、部品単位での材質変更で改善できる場合がある
品質管理体制については品質・生産管理、これまでの加工実績は製品・加工事例でご覧いただけます。
パンチ・ダイの材質選定からご相談ください
順送プレス金型の製作、金型部品の製作・改造に対応しています。「摩耗が早くて生産が止まる」「どの材質を指定すべきか判断がつかない」といった段階でも構いません。図面段階からの加工性検討、試作から量産まで一貫して承ります。
関連コラム
参考文献
- 大同特殊鋼株式会社「DCMX」製品情報
- 株式会社プロテリアル「冷間金型用鋼」製品情報
- JIS G 4403「高速度工具鋼鋼材」日本規格協会